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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)68号 判決

原告 西崎毅

被告 国

代理人 古江頼隆 伊藤一夫 及川まさえ 神谷宏行 ほか八名

主文

一  本件訴えのうち、被告国税庁長官に対する訴えをいずれも却下する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告国税庁長官が、原告に対してした平成三年六月一一日付けの国税庁長官官房付に配置換した処分及び同年七月一〇日付けの国税庁長官官房参事官に配置換した処分をいずれも取り消す。

二  被告国は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成五年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は、昭和三二年度の国家公務員採用上級職試験に合格し、昭和三三年四月に国税庁に採用された一般職の国家公務員であり、平成二年六月二九日付けで関東信越国税不服審判所長(首席国税審判官)(以下「関信不服審判所長」という。)に任命された。

2  被告国税庁長官は、平成三年六月一一日、関信不服審判所長であった原告を国税庁長官官房付(以下「官房付」という。)に配置換をした(以下「本件第一処分」という。)。なお、原告が国税庁次長から命じられた所掌事務は、明治以降における日本の租税資料を収集し、それに基づき租税に関する歴史的な変遷について体系的なとりまとめを行うことであった。

3  被告国税庁長官は、平成三年七月一〇日、官房付であった原告を国税庁長官官房参事官(以下「官房参事官」という。)に配置換をした(以下「本件第二処分」といい、本件第一処分と併せて「本件各処分」という。)。なお、原告が命じられた所掌事務は、前記2と同様であった。

4  原告は、平成四年二月六日、人事院に対し、本件各処分が不利益処分(降任)に該当するとして、国家公務員法(以下「国公法」という。)九〇条に基づき、審査請求(以下「本件審査請求」という。)をし、併せて、同法九一条二項に基づき、その審理につき公開の口頭審理を請求したところ、人事院から、同年三月二七日付けで本件審査請求受理の通知がなされ、同年四月三日付けで右事案を審理する公平委員長及び公平委員の氏名の通知がなされた。

同年五月ころ、公平委員長から原告に対し、主張を明確にするよう要請があり、原告は、同年六月二六日付けの答弁書で主張を整理して提出した。

同年八月一八日、公平委員長から原告代理人あてに、処分者である被告国税庁長官の同月一三日付けの答弁書副本が送達された。

同年一〇月二七日、公平委員長から原告代理人あてに、公平委員会において整理した争点についての確認を求めるとともに、提出すべき資料があれば提出し、相手方に対する求釈明事項があれば提出するようにとの連絡が文書でなされた。原告は、右連絡に対し、同年一一月六日付けの文書で、整理された争点に異論がないこと、追加資料及び求釈明事項はないことを回答し、審理の促進を要請した。

同年一一月二七日付けで、公平委員長から原告代理人あてに、処分者側提出の資料の副本が送達された。

本件審査請求は、本訴提起後である平成五年一一月九日に取り下げられたが、右取り下げに至るまでの間に、口頭審理は一度も開かれず、本件審査請求に対する裁決もなされなかった。

二  争点

原告は、本件各処分は、名目的には配置換としてされたが、実質的には降任であり、法令上の根拠なしに原告の意に反してされた違法な行政処分であるとして、被告国税庁長官に対して、本件各処分の取消しを求め、国税庁長官の違法な本件各処分及び本件審査請求につき相当の期間内に判定をしない人事院の違法な不作為により、多大な精神的苦痛を受けたとして、被告国に対して損害賠償を求めている。

被告国税庁長官は、本件各処分は、降任に当たらない単なる配置換にすぎず、いちじるしく不利益な処分にも当たらないから、本件各処分の取消しを求める訴えは、訴えの利益を欠く不適法な訴えであるとして却下を求めるとともに、被告らは、本件各処分及び本件審査請求に対する応答につき違法な点はないとして、いずれの請求についても棄却を求めている。

本件の争点及びこれに対する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。

1  本件各処分の取消しを求める訴えについて、原告に訴えの利益があるか否か。

(一) 被告国税庁長官の主張

国公法九〇条一項は、同法八九条一項に規定するその意に反して行う降給、降任、休職、免職その他いちじるしく不利益な処分又は懲戒処分を受けた職員は、人事院に対してのみ不服申立てをすることができる旨規定し、同法九〇条二項は、右の処分及び法律に特別の定めのある処分を除くほか、職員に対する処分については不服申立てをすることができない旨規定し、同法九二条の二は、同法八九条一項に規定する処分であって人事院に不服申立てをすることができる処分の取消しの訴えについては、審査請求前置主義を定めている。

そうすると、国公法は、降任については、不服申立て及び取消しを求める法律上の利益を認めるものの、降任に当たらない単なる配置換については、それがいちじるしく不利益な処分に該当しない限りは、不服申立てを認めず、したがって、その取消しを求める法律上の利益もないものとする趣旨であるということができる。

そして、本件各処分は、国公法八九条一項に規定する降任に該当しないことは、後記2(一)のとおりであり、いちじるしく不利益な処分に当たらないことも明らかであるから、原告には、本件各処分の取消しを求める法律上の利益はなく、本件各処分の取消しを求める訴えは不適法である。

(二) 原告の主張

本件各処分が、実質的には降任であることは後記のとおりであり、国公法八九条一項の規定する処分に該当するから、原告が、本件各処分の取消しを求める法律上の利益を有することは明らかである。

また、本件各処分についての原告の本件審査請求は、前記のとおり人事院に受理されているところ、人事院においては、本件審査請求が、国公法八九条に規定する処分に該当しないことが明らかな事実について行われた審査請求又は審査請求することにつき法律上の利益のないことが明らかな請求者によって行われた審査請求(人事院規則一三―一第六条)に該当するか否かを検討した上、これに該当しない適法な申立てとして受理したものであるから、本件各処分は、取消請求の対象となるというべきである。

2  本件各処分が降任に当たる違法な処分か。

(一) 被告らの主張

(1) 国公法八九条一項の降任とは、「職員を降格させること、級別の定めのある官にある職員を下級の官に任ずることまたは職員を法令その他の規定により公の名称の与えられている下位の官職に任命すること」であり(人事院規則八―一二(職員の任免)五条五号、八一条、人事院事務総長通達「人事院規則八―一二(職員の任免)の運用について」第五条および第八一条関係の(5))、本件各処分は、このいずれにも該当しない。

すなわち、降格とは、「職員の職務の級を同一の俸給表の下位の職務の級に変更することをいう」ところ(人事院規則九―八(初任給、昇格、昇給等の基準)二条四号)、原告の職務の級は、本件各処分の前後を通じて行政職俸給表(一)の一一級であり、本件各処分が降格に当たらないことは明らかであり、「級別の定めのある官」は、一般職の国家公務員では検察官だけであり、原告はこれに当たらないので、本件各処分が「級別の定めのある官にある職員を下級の官に任ずること」にも該当しない。

また、官職の上位下位の判断は、個々の異動について、組織に関する諸規定、級別定数、異動の慣行等の事情を総合勘案して行うべきものであるところ、関信不服審判所長と官房参事官との両官職の間には、一方が他方に対して指揮命令する関係はなく、両者の組織は並列する関係もないこと、級別定数上の格付けからみても、両官職は、行政職俸給表(一)の一一級の限度において重なり合っていること、官房参事官は、平成三年七月一〇日を施行日とする大蔵省組織令の一部を改正する政令(平成三年政令第二〇六号)により設けられた新しい官職であり、異動の慣行はなく、官職の上位下位の関係を判断する要素とならないことなどからすれば、両官職には上位下位の関係がないことが明らかであるから、本件各処分は「職員を法令その他の規定により公の名称が与えられている下位の官職に任命すること」にも該当しない。

(2) そうすると、本件各処分が降任に当たることを前提として、法令上の根拠もなしに本人の意に反してされた本件各処分が国公法七五条一項に違反する違法な処分であるとする原告の主張は失当である。

(二) 原告の主張

(1) 関信不服審判所長は、本来、指定職俸給表が適用されるべき官職であり、仮にそうでないとしても、指定職俸給表の適用が可能な官職(以下「指定職適用可能官職」という。)であり、現に指定職俸給表が適用されず、行政職俸給表(一)の一一級が適用されたとしても、指定職適用可能官職でない行政職俸給表(一)の一一級の官職よりは、上位の官職である。官房参事官は、級別定数上、職名課長として、本来、行政職俸給表(一)の一〇級が適用されるべき官職として新設されたものであり、指定職適用可能官職でもない。したがって、本件各処分が、降格ないし公の名称が与えられている下位の官職に任命することに当たることは明らかであり、本件各処分は降任である。

また、原告は、昭和五七年四月に行政職俸給表(一)の一等級(現在の一一級)に昇格してから、本省庁課長職を経て、国税不服審判所(本部)部長審判官(税務職俸給表一一級。これは行政職俸給表(一)の一一級と同格である。)に任命されたところ、これらはいずれも転任ないし配置換としてなされ、国税不服審判所(本部)部長審判官は本庁課長職相当ないしそれ以上の官職であるが、右部長審判官から福岡国税不服審判所長(首席国税審判官)への異動は昇任とされている。福岡国税不服審判所長は指定職適用可能官職であり、福岡国税不服審判所長から関信不服審判所長への異動が配置換とされたことからしても、関信不服審判所長は本庁課長職より上位の官職であることは明らかであり、本庁課長相当の官職である官房参事官より上位の官職であることも明らかである。

(2) そうすると、本件各処分は、国公法八九条一項に定める降任であるにもかかわらず、法律又は人事院規則に定める事由がないのに、原告の意に反してなされたものであり、同法七五条一項に違反する違法なものというべきである。

3  本件審査請求に対する人事院の応答について違法な点があるか否か。

(一) 原告の主張

人事院は、審査請求に対して迅速な審理をなすべきであるところ、官職の上下関係等については、十分知悉しており、速やかに判定することが可能であるにもかかわらず、本件審査請求が受理された後、一年以上にわたって、口頭審理を開かず、何らの判定もしていない。これは、右判定に要する相当の期間を著しく超えたものであり、相当の期間内に判定をすべき義務を怠ったものとして違法である。

(二) 被告国の主張

職員からの審査請求を受理した人事院の判定の遅延が、国家賠償法上違法とされるためには、客観的に通常必要と考えられる期間内に判定をしなかったというだけでは足りず、その期間に比して更に長期間にわたって遅延が続き、かつ、その間、審査庁として通常期待される努力によって遅延を解消できたのに、これを回避すべき努力を尽くさなかったことを必要とする。しかるに、本件審査請求がなされた後、それが取り下げられるまでの期間は約一年九か月程度にすぎず、本件各処分が職員の意に反する降任又はいちじるしく不利益な処分に該当するとしてなされた本件審査請求事案が複雑かつ多岐にわたる問題を包含することを考慮すれば、右期間は、審査請求がなされてから人事院が判定を出すまでに通常必要な期間内にあり、また、少なくとも、当該期間を著しく超過するものではなかった。

第三争点に対する判断

一  争点1及び争点2について

1  国公法八九条一項所定の処分該当性と訴えの利益について

国公法九〇条一項は、同法八九条一項に規定するその意に反して行う降給、降任、休職、免職その他いちじるしく不利益な処分又は懲戒処分を受けた職員は、人事院に対してのみ行政不服審査法による不服申立て(審査請求又は異議申立て)をすることができる旨規定し、同法九〇条二項は、右の処分及び法律に特別の定めのある処分を除くほか、職員に対する処分については不服申立てをすることができない旨規定している。そして、同法九二条の二は、同法八九条一項に規定する処分であって人事院に不服申立てをすることができる処分の取消しの訴えは、不服申立てに対する人事院の裁決等を経た後でなければ、提起することができない旨規定して、審査請求前置主義を定めている。

右規定に照らせば、国公法は、同法八九条一項に規定する処分でない限り、その取消しの訴えによる救済を認めない趣旨であると解され、同項に規定する処分に当たらない処分について、その取消しにより回復すべき法律上の利益はないものと解される。したがって、本件事案に即していえば、降任については、その取消しを求める法律上の利益が認められるものの、そもそも降任に当たらない単なる配置換については、それがいちじるしく不利益な処分に該当しない限りは、その取消しを求める法律上の利益はなく、その取消しの訴えは、訴えの利益を欠く不適法な訴えであるというべきである。

そうすると、本件各処分の取消しの訴えが適法か否かを判断するに当たっては、本件各処分がそもそも降任に当たるかをまず判断する必要があることになる(なお、本件各処分がいちじるしく不利益な処分に該当するか否かについては、原告は何ら主張立証をしないところ、本件各処分の前後を通じて、原告の勤務場所はほとんど変動がなく(いずれも東京都千代田区内であることは当裁判所に顕著な事実である。)、職務内容も客観的に原告に不利益なものになったということもできず、本件訴訟における各証拠によっても、本件各処分をいちじるしく不利益な処分と認めるに足りるような事情はうかがわれない。)。

なお、原告は、本件審査請求を人事院が適法な申立てとして受理した以上、本件各処分の取消請求が法律上の利益を有することは明らかであると主張するが、右受理によって法律上の利益が直ちに基礎づけられるものでないことは明らかであるし、〈証拠略〉によれば、人事院においては、不利益処分審査について、審査請求書にある程度具体性をもった不服理由が記載してある場合には、これを受理し、いちじるしく不利益な処分への該当性をも含めて、公平委員会の調査にゆだねるとの運用がされていることが認められるから、本件審査請求の受理をもって、本件各処分が国公法八九条一項の処分に該当するということを人事院が容認したことになるわけでもない。したがって、原告の右主張は採用できないというべきである。

2  本件各処分が降任に当たるか否かについて

(一) 降任の定義については、人事院規則八―一二第五条五号で定められているが、国公法が本来予定している職階制が未だ実施されていないことから、「採用、昇任、転任、配置換及び降任の定義については、別に指令で定める日前においては従前の例によるものとする」と規定する同規則八一条に基づき、右条項は適用されず、これに代わり、人事院事務総長通達「人事院規則八―一二(職員の任免)の運用について」は、「八一条の規定により、採用、昇任、転任、配置換および降任の定義については、第五条の規定にかかわらず、従前の例による」として、降任については、「職員を降格させること、級別の定めのある官にある職員を下級の官に任ずることまたは職員を法令その他の規定により公の名称の与えられている下位の官職に任命すること」としている。

そこで、以下、本件各処分が、右にいう降任に当たるか否かについて順次検討することとする。

(二) まず、人事院規則九―八第二条四号によれば、降格とは、「職員の職務の級を同一の俸給表の下位の職務の級に変更することをいう」とされているところ、原告の職務の級が、本件各処分の前後を通じて行政職俸給表(一)の一一級であることは、当事者間に争いがないから、本件各処分が降格に当たらないというべきである。

なお、原告は、降任が専ら任用に関する概念であることから、降任の内容としての降格に関する限りでは、現実の給与措置を基準とすることなく、本来その官職に適用されるべき職務の級を基準として判断されるべきであり、本件各処分は降格にも当たる旨主張するようであるが、降格の定義を右人事院規則と別異に解することは困難であるし、そもそも職階制が実施されていない以上、現実に定められた職務の級が、専ら給与に関する概念であり、任用面との関係が全くないということはできないのであって、この点に関する原告の主張は採用できない。

(三) 次に、「級別の定めのある官」は、一般職の国家公務員では、一級又は二級が定められている検察官だけであり(検察庁法一五条)、原告はこれに当たらないので、本件各処分が「級別の定めのある官にある職員を下級の官に任ずること」にも該当しない。

(四) さらに、本件各処分が「職員を法令その他の規定により公の名称の与えられている下位の官職に任命すること」に該当するか否かについて検討する。

(1) 公の名称とは、職務の名称、官名その他法令の規定により職員に付与される一切の名称をいい、本件においては、官房参事官が関信不服審判所長より下位の官職に当たるか否かが問題となるところ、職階制が実施されていない現状においては、官職の上位下位の関係については一義的に明確な基準が存するわけではないこと、官職といっても、社会情勢の変化等により各部署の事務の重要性等も変化し、各官職の重要性に対する評価も常に一定というわけではないこと、人事異動は各職員につき個別的に行われるものであるから、現実の官職を一定の職群(例えば、本庁課長相当の官職等)に分けた上、職員の個別具体的な異動を離れて、直ちに官職の上下関係を判断することは相当ではないこと等の諸点にかんがみれば、官職の上位下位は、組織に関する諸規定、級別定数、異動の慣行等の諸事情を総合的に勘案して、個別具体的に判断するよりほかはないというべきである。

なお、本件第一処分による官房付への異動は、発令予定の官職である官房参事官が設けられるまでの間、暫定的に行われた待命のためのものであることは、当事者間に争いがないから、官職の上位下位の関係は、関信不服審判所長と官房参事官の間において判断されるべきである。

そこで、まず、国税庁の組織についてみるに、〈証拠略〉によれば、国税庁は大蔵省の外局として設置された機関であり、その組織形態は、国税庁本庁のほか、施設等機関としての醸造試験場や税務大学校、地方支分部局としての国税局、その下部組織である税務署、特別の機関としての国税不服審判所等と極めて複雑かつ多岐にわたる組織態様となっている。関信不服審判所長は、国税不服審判所の支部の一つとして置かれた関東信越国税不服審判所の首席国税審判官で、当該支部の事務を総括するものであり(国税不服審判所組織規程一条)、一方、官房参事官は、国税庁長官官房に置かれ、その職務は、命を受けて、国税庁の所管行政に属する重要な事項についての調査、企画及び立案に参画するものである(大蔵省組織令一一〇条三項、四項)。

次に、級別定数についてみると、〈証拠略〉によれば、国税不服審判所の支部の長については、職名首席審判官につき行政職俸給表(一)の一一級の定数が五、同一〇級の定数が一と設定され、また、指定職俸給表の適用を受ける職員の数は、首席審判官につき六とされている。そして、実際の運用においては、関信不服審判所長は、指定職適用可能官職として取り扱われている。官房参事官については、職名課長につき行政職俸給表(一)の一一級の定数が一四、同一〇級の定数が四と設定され、官房参事官は定数指令上、職名課長に含まれると解されており、行政職俸給表(一)の一一級又は一〇級に位置付けられる官職である。

さらに、異動の慣行についてみると、官房参事官は、平成三年に設けられた新たな官職であるため、本件を除き、未だ関信不服審判所長及び地方国税不服審判所長から官房参事官への異動の実例はない。

(2) 以上の諸点をもとに検討するに、同一組織内でその序列関係が比較的明確である場合は格別、そうでない場合、とりわけ、中央組織と地方組織間の異動の場合には、その序列が必ずしも明確ではないことが多い上、関信不服審判所長と官房参事官は、一方が他方に対して指揮命令する関係になく、両者の組織が並列する関係にもないから、右にみた組織に関する規定から直ちに両者に上位下位の関係があるとまでいうことはできないといわざるを得ない。

また、右にみたとおり、級別定数上、関信不服審判所長(首席国税審判官)と官房参事官は行政職俸給表(一)の一一級において重なり合っているが、この点について、原告は、官房参事官新設の際の級別定数改定の経緯から、官房参事官が行政職俸給表(一)の一〇級に格付けされる官職である一方、関信不服審判所長は指定職適用可能官職であることから、その上位下位の関係は明白である旨主張している。確かに、〈証拠略〉によれば、官房参事官の新設により、級別定数の職名課長の定数が「総数一七、一一級一四、一〇級三」から「総数一八、一一級一四、一〇級四」に改定されたことが認められるが、級別定数は給与決定上の必要から設定されているものであって、それ自体が直ちに任用上の官職の格付けではない上、定数の改定が右のような経緯によって行われたとしても、それによって直ちに、官房参事官が一〇級に格付けされるものではなく、官房参事官が複数の級にまたがって格付けされている職名課長に含まれる以上、右複数の級にまたがる格付けの中で現実に職務の級が決定されることになるのであって、一一級の適用が当然に排除されることになるわけではない。また、確かに、関信不服審判所長は指定職適用可能官職に格付けされており、指定職俸給表の適用の可能性がある一方、官房参事官は一〇級の適用の可能性があることになり、そのこと自体は、官職の上下関係の判断に当たっての一つの考慮要素となり得るところである。しかしながら、それはあくまで可能性があるということに留まり、現実に指定職適用可能官職に就く者には常に指定職俸給表が適用されるというような運用、あるいは、官房参事官に就く者には常に一〇級が適用されるというような運用がある場合は格別、そのような運用の実態があるとは認められない以上、そうした可能性があることのみから、現実になされる俸給表ないし職務の級の適用を離れて、直ちに官職の上下関係を決定することはできないというべきである。そして、関信不服審判所長及び官房参事官につき、上記のような指定職俸給表の適用及び職務の級の適用についての運用の実態があるとは認められず、原告については、現に異動前後の官職について、いずれも右一一級に格付けされているところであるし、また、〈証拠略〉によれば、級別定数上、一一級又は一〇級に設定されている国税局部長から、一〇級に設定されている本庁室長及び一〇級又は九級に設定されている本庁企画官への異動や地方国税不服審判所長から、級別定数上本庁課長と同等である国税庁監督官室長や税務大学校副校長への異動も行われているところ、その場合には職員の職務の級が維持され、右異動は配置換として行われていることに照らしても、右級別定数上の定め自体から、官房参事官が関信不服審判所長より下位の官職に当たるということはできないといわざるを得ない。

そして、関信不服審判所長及び地方国税不服審判所長から官房参事官への異動の実例がないことは前記のとおりであり、関信不服審判所長及び地方国税不服審判所長から官房参事官への異動が降任とされ、あるいは、官房参事官から関信不服審判所長及び地方国税不服審判所長への異動が昇任とされているような異動の慣行もなく、さらに、職務内容についてみても、原告の主観的な受け止め方はともかく、客観的に官職の上位下位の関係が認められるような重要性ないし責任の差異はないというべきである。

したがって、以上のとおりの諸事情を総合勘案しても、なお、官房参事官が関信不服審判所長より下位の官職に当たるということはできないといわざるを得ない。

(五) なお、原告は、本庁課長職と少なくとも同等である国税不服審判所(本部)部長審判官から関信不服審判所長と同様に指定職適用可能官職である福岡国税不服審判所長への異動が昇任とされている以上、級別定数上職名課長とされている官房参事官への異動は降任に当たる旨主張する。

しかしながら、官職の上位下位の関係の判断が前記のようなものである以上、職務の級が同格であっても、具体的な職責の内容等個別の判断によって、昇任とされることがあり、右官職と同等と評価される官職(すなわち、昇任する以前の官職より高度な職責を担うような官職)への異動が配置換とされることがあるのであるから、原告の主張するように、個別の官職を離れた本庁課長相当の官職といった職群を基準とし、右職群から地方国税不服審判所長への異動を昇任とする以上、再度、本庁課長相当の官職への異動が直ちに降任に当たるということはできず、原告の右主張は採用できない。

3  以上によれば、本件各処分が降任に当たるということはできないから、本件訴えのうち、被告国税庁長官に対する訴えは、訴えの利益を欠くことになり、被告国に対する損害賠償請求のうち、本件各処分が降任に当たることを前提に、それが原告の意に反する違法な行為であるとする原告の請求は、その前提を欠き、理由がないというべきである。

二  争点3について

1  一般に、法令上の申請権に基づく申請に対して、処分庁は相当期間内にこれに応答すべき義務があるところ、これにつき不当に長期間にわたって応答しない場合には、早期の応答を期待していた申請者が内心の静穏な感情を害されるに至るであろうことが推測されるから、処分庁には、こうした結果を回避すべき条理上の作為義務が生じる場合があるというべきである。そして、そうした作為義務に違反したといえるためには、少なくとも、法が手続上の申請権に対する作為義務として予定している相当期間内の対応に違反しているということにとどまらず、相当期間を著しく超えて更に遅延が続き、かつ、その間、通常期待される努力によって遅延を解消できたにもかかわらず、これを回避するための努力を尽くさなかったことが必要であるというべきである(最高裁判所平成三年四月二六日第二小法廷判決・民集四五巻四号六五三頁参照)。

2  そこで、本件審査請求の内容及びこれに対する人事院の対応についてみるに、前記争いのない事実に加え、〈証拠略〉によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件審査請求の請求の要旨は、本件各処分が、降任に該当し、仮に直接これに該当しないとしても、いちじるしく不利益な処分に該当するというものであり、加えて、原告は、国税庁上級職採用者が、大蔵省上級職採用者に比べて冷遇されていることを種々の具体的事実を挙げて主張していた。また、本件各処分が原告が退職勧奨に応じなかった状況の下で行われたものであることは両当事者ともに認めていたところであった。

そこで、公平委員会としては、まず、本件各処分が降任に当たるか否か、すなわち、公の名称が与えられている下位の官職への異動に該当したか否か等について、検討することが必要であるとともに、それがいちじるしく不利益な処分に該当するか否かという点についても処分の当否を含めて調査検討する必要があると判断し、また、原告の主張する国税庁上級職採用者の冷遇や退職勧奨の是非といった問題についても、本件各処分の審理に当たって無視することができないと判断した。

(二) 本件審査請求は、平成四年三月二七日に受理された後、前記第二の一4記載のとおりの経過で、書面による両当事者の主張の整理、確認及び資料の提出が行われた。その後、公平局不利益処分審査部門の職員の中から指名される公平委員会の委員の公平局外への人事異動があったため、委員長を含む過半数の公平委員の指名変更があり、右指名変更は、平成五年五月二七日に当事者に通知された。新たに構成された公平委員会では、前委員等よりそれまでの検討経緯等の説明を受けながら、事案内容の咀嚼のため勉強を含めた検討が行われた。そして、本件審査請求事案は、前記のとおり、本件各処分に伴う職務の級の変更がなく、その官職の上下関係の有無の判断についても種々の事項を調査検討する必要があり、また、原告が不服の理由として主張する国税庁上級職採用者の冷遇や退職勧奨の事実等についても調査検討する必要があるなど、集中的に行われる口頭審理の開催に先立って、整理を要する個別具体的な検討項目が多岐にわたる事案であるところ、当事者から書面でなされた主張及び提出された資料では、具体的検討項目の調査、整理には必ずしも十分ではなかった。そこで、公平委員会においては、他省庁における人事管理の実態など人事院において得られる資料から、本件審査請求事案の周辺事情に関する検討項目を整理した上で、さらに、どのような資料を、どこから、どの程度求めればよいかなどの具体的調査方法についての検討を行っていた。

平成五年一〇月ころに、公平委員会において、本件審査請求事案の具体的な検討項目について整理が概ね終息し、口頭審理開催の見通しがついたことから、当事者に対し、同月二五日に審理期日の打診を行ったところ、同年一一月一日に、原告から、本件訴訟の判決が出るまで人事院の審理の中断を求めるか、本件審査請求を取り下げるか検討中であり、回答の猶予を求める旨の連絡があり、同月九日、原告は、本件審査請求の取下書を人事院に提出した。

(三) 人事院における不利益処分審査請求事案のここ数年の平均審査期間は、概ね一年九か月程度であり、審査請求がなされてから口頭審理が開かれるまでの平均期間は概ね一年二か月程度である。

3  以上認定のとおり、本件審査請求事案が複雑かつ多岐にわたる問題を含む事案であること、公平委員の指名変更があったこと、本件審査請求がなされた後、これが取り下げられるまでの期間は、約一年九か月程度であり、右取下げの時点では、口頭審理開催の準備がほぼ整っていたこと等に照らせば、本件審査請求に対する判定がなされるための相当期間を著しく超過していたということはできないというべきである。

なお、原告は、本件審査請求においては、平成四年一〇月二七日の人事院の争点の確認に対して、同年一一月六日付けの回答書によって、その争点を降任一本に絞ることを明確にした旨主張するが、〈証拠略〉によれば、人事院が確認を求めたのは、原告の主張の整理についての確認であり、右回答書によって右主張内容が確認されたにすぎず、これをもって、本件審査請求における争点及び具体的検討項目が確定したということはできないし、また、人事院の不利益処分審査制度は、職員の権利保護のみならず、公務部内の秩序維持、公務能率の確保という要請をも担うものであるため、その審理手続においては職権探知主義がとられていることを考慮すれば、本件審査請求事案の争点が単純明白であるというようなことはできず、判定がなされるための相当期間を著しく超過していたということはできない。

したがって、本件審査請求に対する人事院の対応には不作為の違法があるとする原告の請求も理由がないことになる。

三  結論

以上によれば、原告の本件訴えのうち、被告国税庁長官に対して本件各処分の取消しを求める訴えはいずれも不適法であるから、これを却下し、被告国に対する請求は理由がないからこれを棄却することとする。

(裁判官 秋山壽延 竹田光広 森田浩美)

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